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病院経営におけるリスクマネジメント~病院経営に求められる内部統制を中心として~

 

 

病院経営におけるリスクマネジメント

 

~病院経営に求められる内部統制を中心として~

Risk management in medical management

-Internal controls required for medical management-

 

宮原健一朗

Kenichiro Miyahara

 

 

[病院経営環境の現状]

少子高齢化・人口減少の進展により、我が国における病院の経営環境は、ますます厳しい状況に追い込まれている。

2019年2月に一般社団法人 全国公私病院連盟が公表した「平成30年 病院運営実態分析調査の概要」によると、2018年時点で全国の病院の73.6%が赤字という結果であった。

 

[病院経営におけるリスクマネジメント]

病院経営におけるリスクマネジメントは、他の一般的な企業のリスクマネジメントとは異なり、単なる経営存続のための取り組みのみでなく、医療事故をはじめとする医療機関特有の様々なリスクを検討しなければならない。さらに、医療機関におけるほとんどの医療行為が人の手によって行われるものである限り、必ずヒューマンエラーが起きると考えられる。病院経営者にとってのリスクマネジメントは、こういったミスや事故の防止活動などを通して、組織の損失を最小に抑えることのみならず、患者とその家族、来院者や職員の安全を確保し、そして医療の質を保証し担保し続けるという観点が必要となる。

本報告では、病院経営を取り巻くリスクにどのようなものがあるか、またそのリスクに対して病院経営者はどのように対処すべきかについて概観したうえで、リスクに強い組織とはどのようなものかを考えていく。

 

図1

(出典)一般社団法人 全国公私病院連盟調べ(平成3 1 年 2 月 26 日)

 

 

[病院経営におけるリスク]

病院経営におけるリスクを、次の4つに分類し外観する。

①医療安全リスク

②経営に関するリスク

③外的リスク


①医療安全リスク

医療安全リスクは、心身が弱っている患者の身体に関して医療行為を行ったときに、想定外の影響や結果が生じた場合、損害が大きくなる可能性があり、また医療行為は専門性が高く、かつ、これらは患者の身体の中で生じていることであり、患者自身や他人から見えにくいことから、限られた医療従事者にその評価や判断が委ねられている。つまり、仮に患者自身が異変に気づいたとしても、それを医療従事者に正確に伝えにくい場合が多い。

さらに、医療行為の技術や知識は医療従事者にも経験によって差異があり、患者個人においてもその心身状態は一定ではない。つまり、その判断や実行の不確実性が高いといえる。

また昨今の慢性的な人手不足とIT化が相対的な遅れにより、業務の効率化が十分に図られていないという状況も見られる。これらのことからも、医療現場で働く医療従事者が常に多忙な状況に陥っており、人的要因による間違いを起こしやすい状況下であるといえる。

 

②経営に関するリスク

人口あたりの病院数や病床数について、OECD主要国と比較してみると、我が国のそれは、先進国の中でも最も高い水準にあることが見てとれる。これは、誰でも医療サービスが受けられるという手厚い状態であるということもできるが、一方で、我が国において近年ますます医療費が高騰しているのは周知の事実である。こういった現状の費用状況から考えるとやや過剰の域にあるということは否めない。(図3)

 

 

図3

(出典)医療関連データの国際比較-「OECD Health Data 2009」より

 

また、病床あたりの従事医師数についても日本は最も低い水準にあり、医師の労働量の増加や患者一人ひとりにかけるリソースの不足など、医師・患者双方にとって好ましくない状況にある。

病院は地域医療の担い手として、安定した経営のもとで継続的に医療サービスを患者に提供することを社会的責務として担っている。その経営を揺るがしかねないリスクは医療機関という事業体に内在するものであり、それらのリスクをコントロールする仕組みが必要不可欠となる。

なお、要員リスクとしては、コンプライアンスの意識欠如、人材登用の失敗、不正経理、職員の不祥事、労働災害、職員のモラル低下等があげられる。

③外的リスク

病院経営は、医療制度や規制の制定や改正によってその経営環境が大きく左右され、その影響を大きく受ける。つまり、 医療機関にとって外的リスクへの対処は重要な課題といえる。

また震災大国である我が国において、震災などが発生した場合は、患者や職員の安全確保や被害防止などの一般的な対応はもちろん、病院外の患者に対しても対応できる手段を確保することが求められる。

 

以上のとおり、医療機関には実に様々なリスクがあり、これらの中には予想すらしていなかった事態も含まれる。それゆえ不祥事や事故が発生したとき、どのように対応したらよいかは、あらかじめ有事に備えた十分な準備をしていない限り、その場しのぎで軽率な判断や対処をした結果、誤った対応をしてしまい、さらに事態が悪化してしまうという悪循環に陥る。また、これらは、仮に病院経営者側に非がなくとも、いったん患者や職員、そしてその家族らに被害が生じてしまうと、病院経営に甚大なダメージを与えることになる。

 

実際に危機が発生すると、病院経営者は突然の変化に迅速に対応しなくてはならない。ただ誰しも、常日頃からすべてのリスクに対して身構えているわけではない。そのため、リスクが明らかな危機として顕在化するまで、その危機の可能性を自ら進んで認めようとはしないものである。仮にリスクを認識していたとしても、日々の経営や業務を優先してしまい、これらのリスクを見過ごしてしまいやすいのも事実である。とはいえ、前述のとおり甚大な損害を与えることになる前の初期段階での対応が小規模なものに留める努力と意識付け、そしてそのリスク管理体制の構築の重要性を病院経営者は今一度認識すべきであることはいうまでもない。少しでも早い時期に危機を的確に認識し、適切な対応が講じられれば、多くの危機は避けることができ、あるいは、仮に危機が顕在化したとしても、その損失の拡大を防ぐことができる。

 

[内部統制のあり方]

医療機関に限らず、どのような組織も、人員が増え、組織が大きくなるに従い、業務が多様化し、これにより経営者自らがすべてに目を行き届かせるにことに関して限界が生じてくるものである。そこで、病院経営者は特にリスクを軽減するための内部統制が少なからず必要である。具体的には、一人で完結するような業務体制をなるべくなくすなどして、多くの職員が(外部からのチェックも受けて)透明性も確保することがあげられる。

 

横領や着服、不正請求など病院経営において特に問題となり、ひと度露見すれば、医療機関の社会的信用の失墜、事業存続の危機に晒されることになるこれらのリスクについても、この内部統制により抑止力となる仕組みが整備されることになる。

不正請求といっても、故意でない過失によるものも存在する。過失であっても、あまりにずさんな場合には重過失として故意に近いものとみなされかねない。こうした過失による不正請求も病院経営者の管理責任が問われることになりかねない。

逆にこのような内部統制システムの整備を行うことにより、より高次のコンプライアンスが実施されることになり、医療機関の社会的信用は高まり、持続的な医療経営が実現できる。

 

[まとめ]

以上から、持続的な医療経営の実現には内部統制システムの整備、そしてコンプライアンスの推進が必要といえるが、日々の業務で多忙を極める中で、これらの業務を更に極めることは困難だという経営者は多いであろう。

そこで、コンプライアンスの推進、そして前述のとおりその経営環境が大きく左右される要因の一つである医療制度や規制の制定や改正についていち早く把握し対応することができる専門部署として、法務部署を設置することは非常に有益であり、リスクマネジメントの観点からは少なくとも専門担当者の設置は必須であるといえる。

 

中小企業においても法務部署の設置が求められている今日において、人々の生命と向き合い経営を継続させていかなければならない医療機関においては、法令遵守やリスクマネジメントという概念に重きをおかなければならないことは言うまでもない。

 

以上のとおり、今後ますます需要とその存在意義が高まることが必須な我が国の医療機関とその経営者において、従来の慣習や概念を超えたリスクマネジメントへの意識改革が期待される。

 

 

 

参考文献

・『平成 30 年 病院運営実態分析調査の概要(平成 30 年 6 月調査)』(一般社団法人 全国公私病院連盟)

・尾形裕 也 (2000) 『21世紀の医療改革と病院経営 』 日本医療企画、 石井孝宜、山本雅司、石尾肇(2004)『医療・介護施設のためのリスクマネジメント入門』じほう

・医療関連データの国際比較-「OECD Health Data 2009」

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